講師プロフィール(代表)
 

 目の前に現れたのは、30年前に終わらせたはずの、そろばんだった。

「人生は、喜怒哀楽まるごとCOLORFULカラフルに満ちている」を伝える異色の珠算講師。


1969年生まれ。愛媛県今治市出身。

小2の春から、同級生の母親の勧めでそろばん教室へ通い始める。
小6で、全珠連1級取得。中2で、日商1級取得。

小学生時代から憧れの商業科がある高校へ進学し、英検や簿記など10種の資格や珠算段位取得。

生徒会や珠算部・珠算塾でのバイトなど希望に満ちあふれ順調な人生を送っていた高2時代、ハードな生活のあまり重度の胃潰瘍を発症し、高校留年を余儀なくされ、4年かけて卒業する。
そして進学と同時にそろばんの世界からは離れた。

26歳から調剤薬局に就職。結婚・出産を経て本格的に社会復帰したのは30歳。某清掃会社の営業とのダブルワークになりトップセールスマンに師事し、1年で営業成績四国ナンバーワンになる。

そんな矢先、31歳、突然レアな病気に罹患。治療するための強い薬の副作用で、1年間心身ともに限界をきたす。自ら治そうと片っ端から健康雑誌を読み実行するも症状は悪化。死を覚悟した直後、奇跡的に催眠療法の先生と出逢い、わずか2回の治療で完治する。

先生が残した、「せっかくこの世に生まれてきたんですから、これからもあなたらしく生きて、そしていろんな人を救ってあげてください」の言葉に感銘を受け、言われた意味もわからないまま生き直す意思を固める。

38歳、子供服アパレルメーカーのショップ店員に抜擢。6年勤務するも、44歳の時、突如直感でこの仕事はお役目を終えたと感じ、退職。

ご縁があり、様々な職種を体験しながらも、生き方迷子が続く。

レイキヒーリング・カラーセラピー・ベビーマッサージ等の資格を取得しながら色々なセッションを受け、私にしかできないことは何なのだろうと探し始める。

生きる道を探すが、どれもしっくりこないまま、48歳で、働きながら職業訓練校に入校し卒業。

同時に、着物を着た癒しイベントの主催を2年間で11回開催する。

11回目の開催日当日、原因不明のひどい咳に襲われ、2週間の寝たきり生活になる。

身体からのメッセージを受け取り、ダブルワーク25年の調剤薬局事務を含めた過去の生活が自分に無理をさせていたと気付き、すべてを手放す覚悟を決める。

何もしないまま2週間が過ぎたある日、偶然、某そろばん教室開校の為の講師募集という小さな求人を見つけ、突然子供時代にそろばんをしていた過去を想い出す。

身体に電気が走り、天からの声が聞こえ、教室・教材・チラシなど、そろばん教室開校のための全てのものが揃い、あとは自分が行くだけでカタチになる状況に、衝撃が走る。

採用決定後すぐに開校となり、2年間そろばん講師の仕事に就く。

同時に、老人保健施設で認知症予防にお年寄りを対象にそろばん教室を開催。
涙を流し手を合わせ、昔そろばんをしていた時代の話をし、そろばんを通して目を輝かせて生き生きと人生を語り始める様子に感動。
それぞれに人生のストーリーがあることを知り、今の自分に何かできることはないかと模索し始める。

 その後、伊予市で子供向けのそろばん教室を始めたいとの思いで、某そろばん教室を退職。

2020年1月、ネットで見つけたそろばん製造会社の社長様のインタビュー動画を拝見し、どうしてもこの方にお逢いしたく、手紙を投函。三日後ご連絡を頂き、すぐお逢いできることとなる。
数日後、愛媛県から高速バスでの初一人旅。
兵庫県小野市の駅まで迎えに来て下さり、そろばん製造の工場を見学、自分の手で組み立てるオリジナルのカラフルなそろばん製作の体験をする。

翌月以降、世界的に新型コロナウイルスが流行。
今思えば、1日でも手紙の投函が遅かったら社長様とお逢いすることは叶わなかったかもしれない。
そしてあの日に行かなければ、そろばんスクールCOLORFULの開校はもっと先になっていたかもしれない、決して偶然ではない必然のタイミングだった。

開講にあたって最大の難関は協会の所属先だった。
ある日、ネットで某新聞の取材記事を見つけた。
直感で、この方だ!と思い、すぐさまメールを送り即日お電話を頂いた。
「子供たちにそろばんの良さを伝えて頂けるなら、日本全国どこにでも行きますよ」と仰って下さったが、
当時は新型コロナ流行中の為、簡単にはお会いできず、Zoomでお話し、こちらの協会にお世話になる事となった。

このお二人との出逢いがなければ、そろばんスクールの開講はなかった。
奇跡のタイミングでの、奇跡の出逢い。

2020年7月、50歳を目前に商店街の一角「ミュゼ灘屋」にて
「五感を整え、カラフルな人生を引き出す そろばんスクールCOLORFUL」を開講。

2023年11月からフリースクールで不登校支援にも関わる。

2024年8月には、横浜日産スタジアムで開かれた藤井風氏のライブに参加し、魂が震えるピアノを身体中で体感する。

その体験から、KAORIピアノ教室様にて、子供時代以来39年ぶりにピアノを受講。

2025年2月には、沖縄那覇空港にて念願のストリートピアノ演奏の夢を叶える。

子育てを終え、50歳からが第3の人生の始まり。

ジェットコースターのような人生を送りながら、未来で伏線を回収し答え合わせをしていくうちに、生まれてから過去に起こったすべての出来事が自分にとって必要だったことに気付き、点と点が線になり繋がり始める。

人生の後半戦で、そろばんというツールを通して、未来がある子供達へ、「何が起こっても、生きるチカラ」を与えたい。
授業の合間に、生き方・考え方などを話し、未来への希望を持たせている。


2025年初夏からは、
中国2000年の伝統芸術の縁起物である花文字を書きながら、電子ピアノを片手に「1曲だけ弾ける旅する花文字ピアニスト」として各地を巡り、音楽を通して癒しを届けている。

この地上のすべての生きとし生けるものが幸せでありますようにと願いを込める。

ピアノと花文字の癒しを通して、全ての人の人生は、どれしもが必然のタイミングで何かが起こり、COLORFUな色に満ちていることを世の中の人に伝えたい。

振り返れば、本当に色々なことがあった。
嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも、つらいことも。
それでも、その時々で様々な方々に出逢い、応援や言葉に励まされ、元気をいただき、そのたびに前を向いてこれまで歩んでくることが出来たことに感謝している。

良いことばかりあるのが人生ではない。
大切なことは喜怒哀楽すべて人生を楽しむこと。マインドを整え、やりたいことをやり、逢いたい人に逢い、学びたいことを学び、行きたい所へ行き、小さな夢を叶え続けていく。

これからは、残りの人生の時間を使って、今の自分にできること、そろばんもピアノも花文字も少しでも世の中のお役に立ち、還元していきたい。

現在は、松山・今治・京都・その他各地を巡り、
藤井風氏の「満ちてゆく」のピアノ演奏をお届けしている。

また、イベント出展やカフェ等にて、屋号「うふふな花文字」として、開運花文字を描き続けている。

趣味は、習字・ピアノ・自力整体・小説を書く事・旅に出ること。
そろばんストーリーを綴ったエッセイ「そろばんのカタチ」執筆。

座右の銘は、「捨てる神あれば拾う神あり」

肩書は、生まれてからのすべての体験。

2024年5月、10年前の調剤薬局時代の同僚、M先生を仲間に迎え、共に新たな世界を展開していく。
2025年4月、「おとなのそろばん教室」新規募集開始。
2025年5月2日、郡中教室開講。

「最後の最後まで生涯現役を目指す」をスローガンに、希望に燃える55歳。 

講師プロフィール(スタッフ)

京都市生まれ、広島育ち(5歳〜)
中学3年時に松山市へ引越し
高校の商業科で珠算検定2級取得
2024年5月から講師として従事

みか先生との出会いは、10年前の職場だった。
私が薬局に入社して数年経った頃、欠員の為に事務スタッフの募集をかけることとなり、即採用となったのが当時のみか先生。入社試験の計算問題を解くスピードが異常な速さだった・・と、採用担当者が驚いていたことを思い出す。 

その当時みか先生の特技がそろばんということは、 その後そろばん教室を立ち上げることを聞く時まで全く知らなかった 。

今思えば、そろばん有段者のみか先生にとっては楽勝だったことだろうと、今更ながら納得する。  


当時のみか先生は、前職の経験を活かしテキパキと仕事をこなし、書類整理や片付けなども率先してやってくださり、とても頼りになる存在だった。仕事の合間の何気ないおしゃべりも私にとってはストレス解消であり楽しみでもあった。

数年後みか先生が退職されたあとも時々連絡を取り合い、ランチに行き近況を聞きあう仲となる。
イベントを主催される時は毎回足を運び、生き生きとイベントを切り盛りしている姿を見ながら、いつも元気と癒しを貰っていた。

そして5年前、そろばん教室を立ち上げるとお聞きしたときには本当に驚いた。
現在の教室のかたちになるまでは、たくさんの見えない努力や困難があったはずだが、それをどんどん乗り越え、全力で前向きに進んでいくみか先生は、本当に行動力があり魅力に溢れている。
伊予市でそろばん教室が必要な子供たちはきっとたくさんいるはず!と、常々仰っていた。
その強い信念をもって行動されているのを間近で見てきたので、有言実行していく姿にいつも驚かされている。

2024年5月、生徒が増えたのでお手伝いをしてほしいとのお誘いを受け、お引き受けすることとなった。
まさか自分がそろばんを教える立場になるとは夢にも思わなかった。 


教室では常にひとりひとり丁寧に学習計画を立て、優しく指導し、保護者様たちと真摯に向き合い、細やかに対応しているみか先生の姿があった。
一緒に働いていた頃と変わらない、仕事に対するひたむきで真面目な姿勢に懐かしさが蘇る。

個性豊かな子供たちが、一生懸命そろばんを弾いている姿はとてもたくましい。かわいい声で「センセー!」と呼ばれると嬉しくてつい甘やかしてしまう。どんどんそろばんが上達していく姿が見られるのは、やりがいもある。
何よりいつも子供たちからたくさんの元気をもらっている。

改めてこのお仕事に携われたこと、過去から繋がってきた不思議なご縁に、本当に感謝している。

30年ぶりにそろばんを弾いてみると、意外にも足し算・引き算がすらすらできた。手が勝手に動き出す、とても不思議な感覚があった。そろばんは本当に奥が深いと改めて感じる。
現在は1級取得を目指し、日々そろばんに向き合っている。
これからも、みか先生と新たなことにも挑戦し、いろいろなアイデアを持ち寄りながら、そろばんスクールCOLORFULを陰ながら支えていきたいと思っている。



 
皆それぞれの伝えるべき物語を持っています。これまでにさまざまな出来事を乗り越えてきました。すべてが手探りの状態から始まり、試行錯誤しながら経験とスキルを積み、ここまで信頼と実績を積み重ねることができました。
これからも向上心を忘れずに、新しいチャレンジから多くのことを学んで参ります。